帰りみちで

11・25
 登頂後、やっとゆったりした気分で c2jまで下り、次の隊員を見送ってから、c1までおりる。途中、隣りのチョー・アウイを描いた。色彩はあとでつけた。
 c1まできたところで、これ以上下りるのが惜しくなり、c1の6300mでテント・ビバークすることにした。これくらい高いところで、着の身着のままで泊まったら、どんな気分なんだろうか、という興味で許してもらった。ひと晩、腰掛けたままなので、寒くはあるが、ウトウトするくらいはできた。さすがに腹はへった…
 翌朝、ベースにむけて下りる途中、山頂を最後に振り返って、スケッチをする。もう一枚、麓までおりて、ガウリサンカールを眺めて描いた。これで絵描き山行も終わりか…


 チョー・アウイ
  


 山頂を振り返る

 


 ガウリサンカール山

 


 
  

# by aocima | 2008-11-24 19:39 | ヒマラヤ 

てっぺんで!

11・11
 暗いうちに第三キャンプをでる。先発隊は我ら3人と、シェルパ頭とシェルパの計5人。明るくなりかけたころ、岩壁帯につく。勢いこんで先頭に固定ザイルにとりつく。はじめて酸素マスクをつけたし、まだ今日の調子にならないので、かえって息苦しいくらい邪魔だ。もたついて、少しあせったが、ここだけだった。
 ちようどいい広大な雪の斜面を、肩をめざしてシェルパ頭とならんで登っていく。いつのまにか彼を置き去りにして、先にきてしまう。酸素の威力で、平地と変わらないのだから、これはやはり違反だ。
 小石のバラバラとした肩を越えると、あとは緩い傾斜で頂上雪原が見わたすかぎり広がっていて、ただひたすら高い所高い所と、計りながらいくだけとなる。もう周りにだれもみえない。こんなことがあるんだろうか、独り占めなのだ。申し分のない、無風快晴の朝、別世界の気圏のなかを、ただ足跡をたどって、歩をすすめる、味わうようにして。
 すると向こうに、彼方の山の頭だけが覗いてくる。むろん覚えなれたエベレストだ。歩くごとに山塊が全像を現してくる、眼はそっちばかりを追って、足下がおろそかになるが、ここは平らなんだからいい。そしてもう高いところがなくなり、そこらあたりが頂上だと、自分で決めるだけ。
 すぐさま、ポケットをさぐり、用意のスケッチブックをとりだす。眼に焼きつけるようにして、光輝くエベレストらを描きだす。色は残念ながらつけられない、凍るから。欲がでて、後ろをふりむいて、シシャパンマも描く。これにはもう、きりがない。
 そのころ、出来たばかりのロシア国旗をもった二人があがってきた。挨拶をかわす。そのあとから、わがシェルパ頭がきて握手し、あとは決まりの儀式になる。急に空気が俗界にちかづく。それでも、眼は周囲の世界の屋根たちに釘づけのままだ。あとは上の空。その気分のまま、小一時間もいて、下りにかかった。

 


 

 

# by aocima | 2008-11-10 20:49 | ヒマラヤ 

さらにC3へ

 C2からC3へ、さらに高みへつづく。もう7300mにもなる。目の前に、岩壁帯が赤っぽく広がっている。あれを越えるのか! その先に雪のスロープが大きく上がっていくのが見えて、美しい。むろん山頂はその右方向にあるはずで、見えない。行かなくちゃ、わからないのがいい。

 


 キャンプは雪の斜面に、凍ったようにはりついている。下をみるとベースまで一気に見わたせる。下を見ては、ずいぶん来たなと思い、上をあおいでは、ヨシ、行くぞと奮いたつ。
ほとんど上がってくる人がみえない。食欲は衰えないが、たいして食う物はない…

 


 

# by aocima | 2008-10-17 17:51 | ヒマラヤ 

C2へ

いよいよ、C2へ向かう。半ばに氷壁があって、固定ザイルが2・3本垂れている。身をつないで、ピッケル・アイゼンで上るくらいの余裕がある。ストックがじゃまだ。その上はじりじり登りなので、急がずに行く。一歩の距離が実感できる。この積み重ねだけなんだ!というふうに。
 途中、赤い衣服が新雪の中からでている。そのわきをトレースが上へつづいていく。心で念仏し、黙って過ぎるほかはない。今シーズンの登山者の遺体… 2・3日前にも二人の男女遭難があったという。
 小さなシュルンドをわたり、雪崖の上端にそって行くと、だいぶ向こうにテントがみえてくると、遠くなる。やっとシェルパに追いつく。
 ここからはC3へつづく広大なスロープが眺めわたされ、ふりかえれば、シシャパンマもみえて、すぐに描く。  

 
  

 

 
 

# by aocima | 2008-09-27 11:17 | ヒマラヤ 

登山開始

 プジャの祭りがベース・キャンプでおこなわれた。シェルパたちの読経の声が風にのって高く低く響く。たぶんムラの安穏を、母なる山神に祈る祭りだったろうが、今は登山の安全祈願祭になっている。むろんシェルパたちには、いまも切実な生活上の祈りだ。子どものころからの仏教徒のはしくれである私も、手持ちの数珠をかけて、ならいおぼえた経文を読誦する。

 強い風に雪煙がなびく山を見上げて、明日からの行動に思いをはせる。一ヶ月の日々はどれくらいの長さなのか? 腹をすえる。

 ギャンプ1は6300mほどの鞍部にある。なんどか往復して、そして泊まり、馴化していく。だんだん通い慣れていくのがわかる。テントについてから、しばらくすると息苦しくなり、さかんに呼吸法を試みる。このときは、高度のせいで酸欠なのかと思っていたが…

 


 
 
 
 


 

# by aocima | 2008-09-13 17:30 | ヒマラヤ 

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